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トップページ海のトリトン入口>番外編

番外編

1.番組の紹介(あらすじ&登場人物 2.海のトリトンへのコメント(トリトンと私

1.番組の紹介

あらすじ

今から数千年も昔のこと、大西洋にアトランティス大陸が存在した。その住民たちは高い文明のもとに、恵まれた生活をしていたと言われる。しかしアトランティスはその後、大地震によって海に沈んでしまう。
そして長い年月が流れた・・・

黒潮に洗われる日本の小さな漁村。
その漁村に住む、緑色の髪を持つ少年トリトンは海人の子だと言われ、村人達の冷たい目の中で、しかし、元気に成長していた。
そんなある日、水平線の彼方に一匹の白いイルカ、ルカーが現れた。
そして彼女から少年トリトンは自分の出生の秘密を知らされる。
「トリトン、お前はトリトン族の生き残りだ。今、海はポセイドンという残忍な独裁者に支配されている。海の平和を取り戻すため
闘うのだ、トリトン。」
トリトン族?本当の両親?ポセイドン?トリトンの心は乱れる。
しかし、ポセイドン一味、ドリテアの攻撃を機に、育ての親一平じいさんと別れ、トリトンはルカーと共に、オリハルコンの短剣を
携えて海へ出る。トリトン族の秘密を探り、そしてポセイドン族と闘うために。

様々な海でポセイドン族の魔の手が迫り、トリトンは休みのない闘いを、そして、様々な仲間との出会いと悲しい別れを経験し、
成長していく。ルカーの他に、もう一人のトリトン族、ピピや、イルカの兄弟、イル・カル・フィン達と共に・・・

そして遂に、大西洋のポセイドンの神殿に辿りつくトリトン達。しかし、そこでトリトンは思いもかけない事実を知らされる・・・

登場人物
注:ネタばれになりそうな物もあるのでご注意を

トリトン

トリトン

白い服、赤いマント、緑色の髪をした、アトランティス人の子孫トリトン族の生き残り。13歳。日本の海辺の村で一平じいさんに育てられ、人間の知恵を身につけている。一見、陸の人間と同じだが、海の中で呼吸が出来、超スピードで泳ぐことができる。白いイルカ、ルカーと共に再び海に帰り、邪悪なポセイドン族と戦いながら、己の秘密を捜し求める。両親の形見、オリハルコンの短剣が武器。


結構自己中心的でわがままな、思春期の13歳という感じであるが、誰でも必ず抱えるであろう、自分探しの旅によって(トリトンの場合はもっと深刻なのだが)、悩み、大人になっていく姿には共感が持てる。こういう少年キャラは、女性の声優さんがするのが多いのであるが、当時中学生!の塩屋翼さんがやっていた。アホな疑問であるが、トリトンはパンツをはいていたのか?は永遠の謎である。

ピピ

ピピ

トリトン同様、トリトン族の生き残り。大西洋で両親と別れ、北の海の長老プロテウスに育てられた。トリトン族の女性は少女時代を人魚の姿で過ごすため、人間のような脚はない。勝ち気でわがままだが、次第にトリトンと心が通じるようになる


目茶苦茶わがままで、戦いには全く?役に立たない。いつも”トリト〜ン”と助けを呼ぶだけである(南の海司令官マイペスはなんでやられた?)。最後のほうは結構しっかりしてきたが、もう少しピピの成長を描いてもよかったか?(男女同権論者はピピの姿にいらいらするだろうなあ)。でもポセイドン族を殺しまくる(笑)トリトンと対照的でいいのかもしれない。殺伐とした戦いの中の一輪の花か?”ピピの歌”を聴けばどんな感じかよくわかります

ルカー

ルカー

神秘的な白いイルカ。イルカ島のイルカたちのまとめ役であり、トリトンやピピにとって母の様な存在である。常に冷静な判断と温かい愛情で、幼いトリトンやピピを見守る。赤ん坊のトリトンを一平じいさんに預けたのも、後にトリトンを迎えに来たのも彼女。

北浜晴子さんのこの声は、落ち着く声で、本当にルカーにぴったりだと思う

イル・カル・フィン

イル(左)・カル(右下)・フィン(右上)

イルカの3兄弟。トリトンの弟分。おっとりタイプのイルに、好奇心とむこうっ気が強いカル、末っ子で甘えん坊のフィン。フィンが頭につけているのは、トリトンの両親が残したホラ貝。


一平爺さん

一平じいさん

ルカーの連れてきた赤ん坊のトリトンを、”海人の子”、”悪魔の子”と言われながらも13年間立派に育ててきた。生まれながらの頑固な海の男である。


ああ〜、かわいそう一平じいちゃん。せっかくトリトンを13年間立派に育て上げたのに・・・”あのばか野郎。とうとう行っちまいやがった。このワシに心配かけるまいと思って・・・”のセリフが泣かせる。でも、村でずっといじめられてきたトリトンにとって、じいちゃんの存在自体がふるさとであり、人にはこういう心が帰るべき人が必要なのだ。未来においてトリトンに再会できることを祈る。

メドン

メドン

太平洋の7つの渦の中央に住む、老大海ガメ。トリトンの両親の形見のホラ貝を長い間守り続けてきた。だがドリテアとの戦いで、火山のマグマに飲み込まれ、その長い一生を閉じる。

プロテウス

プロテウス

ピピを守り育ててきた、北の海に住む老アザラシ。ミノータスとの戦いで氷詰めにされて死ぬ。

ポセイドン

ポセイドン

アトランティス大陸を攻め、海底に沈めた異民族。トリトン族を海から抹殺しようと激しい掃討を続けている海の独裁者。

部下の失敗に厳しい割には、本人の落ち度と思える失敗も数々あったような・・・とにかく悪役なのであるが、ただの悪役ではない。”ポセイドン族にとってトリトンこそ悪しき者”のセリフが、最終回で本当に重くのしかかる。何が善で何が悪かを視聴者に考えさせた(小さい子どもはそこまで考えなかったかもしれないが)、こういった勧善懲悪ものには珍しい、印象に残る悪役。

ネレウス

ネレウス

ポセイドン族の優秀な参謀で、冷静沈着、常に的確な判断を下すため、ポセイドンの信頼も厚い。基地内から外に出ることはなく、世界の海に放ったクラゲから情報を集め、ポセイドンと相談して、その命令を各地の司令官へ伝える。しかし、トリトンの大西洋突破の責任を取り、ゲルペスに殺される。

マーカス

マーカス

テレポートを使うポセイドンの伝令係で何匹もいる。しかしマーカス暗殺隊として、任務に失敗した者を毒針で殺すなど、かなりの力を持つ。”ガイ!〜”としゃべる。

”ガイ!〜”のしゃべり方はよく真似したな〜

ゲルペス

ゲルペス

北大西洋本拠地、親衛隊長。ポセイドン神殿を守り、半魚人の親衛隊、ゲルペス親衛隊を指揮する。トリトンの両親を殺したが、トリトンのオリハルコンの短剣の前に敗れる。

ドリテア

ドリテア

ポセイドン族北太平洋司令官。当たったものを石にするムチを使い、髪の毛は自由に伸び相手を捕まえる。手下に巨大イカ・ゲプラーや銀ザメ、サラマンドラを擁する。トリトンとの一騎打ちで敗れ、海底火山に身を投じる。

失敗は自らの体で償う・・・それがポセイドン族の厳しい掟・・・”のセリフが渋い。

ポリペイモス

ポリペイモス

ポセイドン族南太平洋司令官。巨大なアンコウやノコギリエイ(別名シトルモビック)を多数率いてトリトンを追う。しかし、行動力はあるが、思慮が浅いため、何度もトリトンを追いつめながらも数々の失敗を繰り返し、マーカス暗殺部隊によって葬り去られる。

作画監督、羽根章悦氏、そしてうちの兄(笑)のお気に入りキャラ。確かにかっこいいのだが、頭がよくない。恐竜を殺していて(第15話”霧に泣く恐竜”はなかなかよい)、トリトンを見つける時間がなくなり、マーカスに殺されたのでは浮かばれない。もうちょっとかっこいい死に方がなかったかな〜

レハール

レハール

ドリテア、ポリペイモス亡き後、全太平洋司令官を任される。思い出を利用したり、幻術を使う。しかし、オリハルコンの短剣の輝きのために盲目になり、永遠に海底をさまよう身となった。

ミノータス

ミノータス

北極海を中心とした北の海司令官。ケープ状の衣装の下は、全身ヨロイで覆われ、その息は全てを凍らせる。手下にはデモラーやユニコーンなどがいる。大西洋の魔海にてトリトンのオリハルコンの短剣に敗れる。南の海司令官、マイペスが弟。

氷の宮殿で静かに瞑想にふけるのを好むなど、渋くて私のお気に入りの悪役だが、他の司令官同様、トリトンには結構簡単に敗れる(笑)

ヘプタポータ

ヘプタポータ

ポセイドン族でありながら、輝く太陽と青い海を望んだために、ポセイドンの怒りをかい、南太平洋の外れの、海グモの牢獄に幽閉されていた。魚を生きた剣として使う、かなりの剣の使い手。後にトリトンの仲間になるも、レハールとの戦いで命を落とす。

隠れファンが多いらしい(?)美形キャラ。顔だけでなく、その存在設定が魅力的。ポセイドン族である以上、輝く太陽の元では暮らせないと知り、死してから、やっと太陽と青い海の元へ帰るという、そのストーリーが涙を誘う。

ブルーダ

ブルーダ

インド洋司令官。海サソリ(ムカデ?)のセイノスを操る。トリトンのオリハルコンの短剣の弱みを握るも、トリトン族の秘密を知る、不死身の魚ラカンの協力を受けたトリトンに敗れ去る。

マイペス

インド洋司令官。海サソリ(ムカデ?)のセイノスを操る。

南の海の司令官、ミノータスが兄。あまり関連ストーリーも無く、あのピピにあっさりやられる。なんてかわいそうなキャラなのだろう・・・

ゴルセノス

地中海から大西洋に抜けるジブラルタル海峡司令官。トリトンを海底洞窟の大砂漠におびき出し、オリハルコンの光を遮る楯や自分の砂分身により、トリトンを苦しめる。大カブトエビのリマラスを操る。

イメージがゲルペス親衛隊に似ていて、印象が薄い・・・


2.海のトリトンへのコメント

トリトンと私

海のトリトン。自分にとっては非常に印象深い作品です。
他にも見ていたのでしょうが、私が覚えている最初のアニメ番組が、この海のトリトンでした。
この頃私が住んでいたのは高知県土佐清水市。
足摺岬で有名なこの場所は、トリトンが育った漁村のように、海がすぐ近くにあり海の香りのする場所でした。
そして、自然の美しさと人々の素朴さ・・・私の中でここで過ごした数年間はいつまでも、心地のよい風景として残っています。
初恋の人?、まこっぺという女の子もそうなんですが(笑)。

単純にトリトンのかっこよさ、海の持つロマン性、ポセイドン一味の多彩さなどに惹かれた面もあるのでしょうが、こうした自分の
背景が、海を舞台にした海のトリトンをより親しみやすいものにしていたのだと思います。


海のトリトン

当時のスタッフの回想によると、海のトリトンは、時間もスタッフも足りなく、技術的に劣った作品であるけれど、意欲と熱気は
ふんだんに注がれたものだそうです。確かにそういう荒々しいパワーを全体に感じることができます。
また、技術的に劣ったとのことですが、作画監督、羽根章悦氏が語っているように、当時としては珍しいアニメ止めのシーン
(停止している一枚の絵を画面に使用すること)なども効果的に使われています。これはキャラクターの心理的イメージの強調と、視聴者のイメージを膨らませるために使用したのだそうです(ファンタジーアニメアルバム・海のトリトン/少年キング1978年増刊/P89)。
オープニングの歌の”ゴーゴートリト〜ン、ゴーゴートリト〜ン”の辺りのストップのたたみかけなんかも印象に残っています。
また、全体を通じて一貫したストーリーを持つ目的ドラマというのも、1話完結の連続シリーズが多かった当時では珍しい部類に入りますし、加えて、トリトンの声優として、当時中学生だった塩屋翼さんを使っているのもなかなかおもしろい試みでした。
というのも、こういう少年キャラは、女性の声優さんがするのが一般的でしたから。

そして最後に、海のトリトンの魅力を語る上で重要なのはその音楽です。
ジャズ出身の鈴木宏昌氏が担当していたのですが、見事に海のトリトンの世界に合っているんですよ。
ジャズチックな、テンポのよいものの他に、フルートやオーボエ、ハープを使った曲の美しいこと。
甘くて、切なくて、懐かしくて・・・まさしくそんな感じです。”遥かなる海の彼方に”、”思慕”、”追憶”、”海に眠るアトランティス”
など、雰囲気が最高です。

このように、海のトリトンは現在のアニメ技術からすると確かに劣っているのですが、スタッフの様々な試みによる斬新さと、
ストーリーと声優さん、音楽のバランスのよさで、人々の心に残る作品になったのだと思います。


トリトンとオリハルコン

さて、ある程度成長してから海のトリトンを見るとそのテーマの奥深さに気づきます。
根底に流れる、自然に対する畏敬と人類愛は、プロデューサーの西崎氏が語っていることですし、悩みながら自分のルーツを
捜し求めるトリトンの姿は、年頃の子なら誰でも経験するであろうことで共感できます。
しかし、海のトリトンは他に、難解な問題を提起して終わっているんです。

今まで海の平和を取り戻すために闘ってきたトリトン。
しかし倒されたポセイドンは、実は単純な悪ではなかったんです。
トリトンの祖先のアトランティス人によっていけにえにされたその過去。
今はただ、残された数少ないポセイドン族で平和に暮らしたかっただけなんだと。
それには、トリトンの持つオリハルコンの剣が邪魔で、だからトリトンを狙ったのだと。
トリトンの行為は、実は加害者でなく犠牲者でもあった最後のポセイドン族を殺す破壊の行為だった!
海の平和は守ったかもしれないが、正義ではなかったのかもしれない・・・ポセイドンにも生きる権利がある。
トリトンの行為は果たしてなんだったのか?
こういうのを最後に突きつけられて物語は終了する訳です。

何が善で何が悪なのか?こういったことは人間が考え続けてきた疑問です。
未だに各地で発生する戦争・紛争にしても、何が正義で、誰が悪いのかなんて簡単に答えは出ません。
私の従事している国際協力という分野でも、人のためにと思ってやったことが、一方では仇になったり、自然を破壊したりという
パターンが何度でもありました。
そして、現代のような物の価値観が多様化した時代には、ますます物事を測る尺度がわからなくなっています。
つまりトリトンが抱えた最後の疑問を私たちもいまだに持ち続けているんです。
単純に見ていた子供時代は、そんなことを思いもしませんでしたが、大人になってからそんなことを考えさせる作品だったんです、海のトリトンは。

最後のシーンで、”少年は再び旅立つ”というナレーションが入り、トリトンは再び海に旅立ちます。
どこへ向かっているのか、誰もわかりません。それはトリトン自身もわからないのでしょう。
しかし、確かなのはそんな疑問を抱えても、トリトンたちが前へ明日へすすんでいる、その力強さ、生命力です。
そこに、困難な中での人間の希望を感じさせるのです。

演出の富野氏がこう言っています。
”しかし、我々は信じるのです。ヘプタポータとの出会いによって予測された運命の効し難い重さ。それを知りつつも挑まねばならない戦いがあり、その戦いをまっとうしたトリトンが、青年になれないはずがないと。まして、自己と種族とのかかわりあいや、悪しきものと、良きものへの思索を始めることのできたトリトンが、あの後のたれ死にするとは思えないのです”と(ファンタジーアニメアルバム・海のトリトン/少年キング1978年増刊/P86)。

確かにその通りだと思います。
トリトンは悩みながらも、力強く生きるに違いありません。
答えがない答えを求めて、海を生きていくに違いありません。
ルカーに乗って水平線の彼方へ向かうトリトンの後ろ姿。それが今も目に焼き付いて離れません。



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